古代オリンピックの復興計画


日本の初参加


オリンピックの発展

オリンピック誕生の話

 オリンピック誕生の話

フランス人のピエール・ド・クーベルタンの提唱に世界の国々が賛同して1500年が経ったのちに現代のオリンピックの競技大会が誕生しました。
現代オリンピックの競技大会の記念すべき初の大会は古代オリンピックの故郷ギリシャのアテネで行われました。
でも当時のギリシャは国内の経済問題を抱えており、オリンピックの開催は難航しました。
そこに国際オリンピック委員会(IOC)の会長のギリシャ人のデメトリウスや事務局長のクーベルタンの努力が実を結び、
予定どおりギリシャで開催できることになりました。
開会式はアテネのパンアテナイ競技場5万人もの観衆を集めて行われました。




古代のオリンピックとの違い

 古代のオリンピックとの違い

参加したのは欧米先進国の14ヶ国で選手は男性のみで280人第一回の近代オリンピックは、古代オリンピックと同じように女子禁止の大会でした。
実施された競技は陸上水泳体操レスリングフェンシング射撃自転車テニスの8競技43種目、ヨットも開催予定でしたが天候が悪く中止されてしまいました。
ウエイトリフティングが行われていたがこのときの体操の一種目として実施されました。特に観衆に人気だった競技陸上ではアメリカが圧倒的な強さを発揮しました。
陸上の全11種目のうち9種目において優勝をおさめました。




過去の英雄バークの現在

 過去の英雄バークの現在

100mでは優勝したアメリカのトーマス・バークがただ1人クラウチング・スタートをして注目されました。
バークはボストン大学の学生で400mと440ヤードで国内のタイトルを取るランナーでしたが、1896年アテネオリンピックに出場したときはそんなに注目される選手ではありませんでした。
多くのトップ選手が欠場する中バークは100mで優勝し周囲を驚かせました。
またさらに注目を浴びたのが彼のクラウチング・スタートでした。
今ではこのスタートが標準ですが、当時は普及していませんでした。
バークは予選、決勝とも12.0秒のタイムを出しています。また、バークは得意種目であった400mも出場し優勝しています。
予選を58.4秒、決勝を54.2秒で走り、ともにトップでゴールしています。
オリンピック後バークはもっと長い距離に専門を移していて、1897年には、アテネオリンピックのマラソンの成功に感化され、毎年度行われているボストンマラソンの創始者の一人となりました。
後にバークは弁護士となったがスポーツ記者や陸上のコーチをすることもありました。
前のページへ 次のページへ